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鈴の音情報局blog

携帯関連の将来や最新の技術情報や業界の行く末などを適当に綴るblogです。 内容の信憑性は?余り信じない方がいいと思います。
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17年前のその時、1.17阪神大震災

ガガガガガガガガガガガガガガドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド


これが私が知っている阪神大震災です。
ガガが3秒、ドドドドが7秒程度。非常にエネルギーの密度が高いです。
例えるならバーテンが高速に振るシェーカーの中に居るような感じです。
このガガガガとドドドドは後に震度7という数字が付きました。

この日私はタイミングが良く、眠りがちょうど浅い瞬間に揺れが始まり、
その一部始終を記憶することが出来たのだと思います。

頭と足の方向に揺れ、起きようとも思えない程に酷い揺れでした。
ガガガガが聞こえ出して1秒後、これはとんでもないことが起こると気づきました。
後のガガガガとドドドドは分かっていてもやり過ごすしか有りません。


地震が終わりすぐに当時泊めて貰っていた家が停電だと気づきました。
そして一分後、蝋燭を持った泊めて貰っている知り合いが部屋に入ってきました。
そこから実家に電話をかけTVをつけさせて淡路島の北側が震源と知り、神戸の街だけが
揺れが酷かったのだと安心します。

余りの揺れの凄さに私は日本の終わりかも知れないとベッドの上で思っていました。
そうではなくて良かったという安心感でした。
まだ薄暗かったですし現実を知らなかったので安心していられたということも有ります。


私は全国中かけられるだけ電話を掛け捲りました。
実家の次は名古屋・神奈川・奈良・・・そうしているうちに5分ぐらい経ち、NTT回線が
輻輳してしまいました。私はやっと電話を諦めました。


外は徐々に白みがかってきていました。
気が付けばあっちで煙、こっちで煙。
その内5階建てのマンションが更に倍ぐらい上まで炎が上がるようになってきたりもしました。
消防車は走っている音が鳴っているだけでどう考えても足りないだろうとその場にいないのに
明らかに分かるほど火の手が上がっていました。


私は宿泊先から直接出社する予定でしたがJR住吉駅は入り口にバリケード。
公衆電話は長蛇の列。
当時携帯なんて殆どの人は持っていません。
私もmovaの契約前でどうしょうも有りませんでした。
今と同じだけ普及していたら逆に輻輳して通じなかったでしょうけど。

歩いているとたまに誰も並んでいない公衆電話が有ったりしました。
そういうのは断線で通じていませんでした。

火災現場に到着すると家が何軒も燃え終わって更に延焼していました。
あっちの家とこっちの家で消防車のホースの取り合いをしています。

確かにまだ延焼していなくて後50cmでうちの家が燃えるという人にとっては必死です。
何よりも消防士の無力感が印象的でした。
一本のホースでどうにも出来ないのはわかっているのにギャーギャーと騒ぎ立てる家人。

私は無力感を放つ消防士の後ろのホースの折れ曲がりを直し、引っ張るのを手伝ってあげました。
すると徐々にホットになっていた人達が我に返り、みんなで出来ることを始め出し、
大勢の手が消火活動という一つの方向を向き始めたのが印象的でした。
私はもう用済みと悟りその場を離れました。

火災現場を離れて50mだか100mだか進んだところで異常なガス臭さを感じました。
ここだけで無くあちこちがガス臭かったですが、やっぱり背中の方向の火が気になります。
あの時風向きが変わっていたら今ここに私は居なかっただろうと思います。

地震が起きたら火が出ていても出ていなくても、どこで爆発が起こってもおかしくないのです。
地震が起こった後は絶対にタバコは厳禁です。

道の一部分だけが何か赤いなと思ったら、ペット屋さんでした。
大量の金魚が転んだ水槽から道路にダイブしていました。
遠くから見たときは綺麗に感じたのですが・・・。
そんな事とは関係なく車は行き来して踏み潰していきます。


JR沿いを延々歩いてみると、全体的にビルが斜めになっていて平衡感覚が
おかしくなります。とても歩きにくいです。

斜めじゃないのにどうもおかしな雰囲気のビルだなと思ったら、一階部分がつぶれて
二階から始まっていたりなど、ほとんど間違い探しのような町並みでした。

昨日飲んだ飲み屋が有りました。
私たちは確かに昨日はこの隙間でカツオのタタキと美味しい日本酒を頂いていました。
健全な二階部分と屋根が昨日とは違う低い高さでよく見えたのが印象的でした。

阪急電車の高架下、鉄骨がむき出しでぐにゃぐにゃに曲がっています。
あの10秒のうちの数秒の巨大なエネルギーがここまで曲げたのでしょう。
今でも体は覚えています、あの異常なエネルギーを。
現存する起震体験の装置では決して起こせないあの揺れを私は知っています。
今機械で体験できる震度7は我々が知っている震度7とは全く違うものです。
あんな生ぬるい震度7だったら私は日本の終わりを想像しませんでした。

一日中あても無く二人で歩き、体が既に悲鳴を上げていました。
でも気持ちが足を前へ向かわせます。

5階建ての倍ぐらいまで炎を上げていたマンション辺りも通過します。
歩く道の何もかもが燃え終っていますが、道との間の壁だけが何故か無事だったりして
まだ燃え残りが強く燃えている火を遮ってくれています。

それでも身長の何倍もの高さの炎が風に煽られて頭上を行ったり来たりしている所を
通るのは非常に勇気が要りました。

門構えだけが無事な家、しかしその向こう500mか1kmか、ずっと焼け野原な風景が
今風でおしゃれな門の向こうに開けています。
被災した現場は時として優れたアートを感じさせることも有りますが、私にとっては
目頭に込み上げてくるものを抑えなくてはならないような場違いなアートでした。


地平線まで燃え終ったど真ん中の道路を歩くと両サイドから崩れた家屋の燃え残りが
道をふさいでいます。まだ火が残っているその瓦礫の上を安全靴でもない二人が
ものすごい熱風の上昇気流を全身に浴びながら超えていきます。

横たわった電柱の先は目の高さ辺りで焼け焦げていて、変圧器からメデューサの髪のように
真っ黒な銅線がうねうねとなっていました。人の手で出来たものならブラックなアートと
表現されるのでしょうが、その場を歩くものにとっては本気で怖いなと感じさせられるオブジェでした。

地平線まで歩くとそこはまだ大火災現場の最前線でした。
消防車が二台いたのでこちらはまだマシでしたが走っているホースの割には水は
大して出ていません。水が出ないので遠方から必死で水を送っていたからです。
あの時は完全に水不足、火の地獄でした。

あれだけギャラリーがいたのなら、途中の家一列をみんなで壊せばそこから
向こうは生き残っただろうとは私も思っていました。
でも壊される家を誰が選定するのでしょう。
納得するしないの話をしているうちにどうせみな焼けてしまうのが落ちだったのでしょうか。
勇気を出せなかったので今でも後悔していますしそれを言い出してみた結果も分かりません。

しばらく消火を見ていると、少しづつ効果が現れていて火は収まる方向でした。
しかしその中の一軒の家が家中にプラスチックを大量に使って組まれており、その家のせいで
火の勢いが何倍にも膨れ上がり、その地域の火力は壊滅的な状態になり角までの残り十件ぐらいが
一気に火に飲み込まれました。火事になっても今更担いで逃げることも出来ないご近所さんは
嗚咽に咽びながらその様子を見ているしか有りませんでした。息を呑む命の現場です。

そこから家路に向かう帰り、完全に真っ暗になってしまっているので近道と思い人気のない
住宅地に入りました。火災現場とは違い死の静けさです。
街灯は一つとして生きておらず、人の気配も生命の感触もゼロ。
潰れた住宅が道幅を狭くして真っ直ぐに歩けません。
この中に何人かまだ残っていた余命をもっとうせずにお亡くなりになった方が間違いなく
おられたでしょう。本当に怖いと感じさせる街並みでした。
無が怖いものだと初めて知った経験でした。


当時は携帯は2Gの頃で、まだメールとかそんな時代ではなかったです。
たまに携帯を持っている人が余裕で繋がっている感じで話していました。
災害時は携帯のサービスが生きていたのか死んでいたのか分かりません。
しかし震災後の復旧は携帯が断然早かったです。

仕事の合間を縫って連日といっていいほど震度7地帯を訪れ、用事を捌く為に
車を出したりもしましたが、携帯を持っている人は間違いなくもっていない人と
情報格差が有りました。

被災現場は被害が大きいところほど情報が行き届かず、食料も資材も届きません。
一帯の被害が酷かった割りに私が泊まった家は生き残り、電気も当日の夕方には戻った
ラッキーな家庭だったのですが、それまでは乾電池のラジオから流れてくる細々とした
情報しか有りません。いつ電気が戻るか分からない状況だったのでそれまでは
全てを遠慮して過ごすしかなかったので寒い上にとても不安でした。


有線電話は私がかけた最初の5分以降は延々と輻輳状態で、受話器をとっても「ツー」っと
いう音が鳴らず無音です。しばらく受話器を上げていると回線を掴んで使えるように
なるのですが、いつまで経っても順番が回ってこないこともありました。

災害に強いのは間違いなく有線のアナログ電話です。ISDNや光電話は経路や
端末でACやバッテリー等の電力がなければ動作できないので、外からの給電無しで
通話が可能なアナログ電話が災害時に一番強いのです。

一旦死んでしまった後は携帯電話のほうが有線電話よりも遥かに復旧が早く役に立ちます。
この特性の違いから役割をはっきりと分担し、キャリアはしっかりとそれを生かして
欲しいと思います。


私が泊めて頂いていた家は今は結構有名になった映画やTVドラマによく出ている俳優さん
になった人の当時の実家でした。とはいえ当時小学生だったその俳優さんとは今特に親しい
わけでは有りませんが。当時はなんとなく才能をちらちら見せていた出来るガキンチョだった
ぐらいしかイメージが有りません。まあ相手も私のことはもう忘れているでしょう。
私はガキンチョではなくその家族とのお付き合いをしていたのですから。
私も当時そんなガキンチョがそんな有名な俳優になるとは思ってもいませんでしたし。
でも当時からもっと仲良くしておけば何か役得が有ったかも知れません。

私は震災当日にお世話になっていたこともあり、その後買えるだけ買った物資を
車で運んだりしていました。ネット上の情報は今ほどあてにはなりません。

2ちゃんねるもツイッターもmixiも有りませんし、ブログってものすらまだ無かったと
思います。チャットや適当な掲示板程度しか有力なネットメディアは無かったのではないでしょうか。
結局相手との直電だけが頼りです。
その家は地震直後全てのライフラインが停止し、アナログ電話だけが生き残った家庭でした。

そのアナログ電話が無ければ私は実家に無事を報告すら出来ず、一日中日本は終わったと
思い続けていたのかもしれません。あの時本当にNTTの鉄壁のアナログ回線に感謝した
覚えがあります。



私は震災一ヶ月後の去年の4月11日、関西を出発し東北に向かいました。
それは以上のような経験をしていたからです。

だから出来ることを何かしたい、震災直後は誰かしら手を差し伸べてくれる。
TVで放送された場所はどれだけ酷くても奥地でも必ず誰かが来る。
でもそうでもない場所が必ず残る。

神戸でも炊き出しが余りまくっていた場所もあり、「食材の期限も有るから折角だから
食べていってくれ」と、被災者用に炊き出しているうどんを2杯も頂いたことも有ります。
片や1月の寒さに震えたまま何も来ない場所も有りました。

「現場に行けば絶対何か出来る事があるはずだ」

そう思って私は神戸とは比べ物にならないほど広大な地域の濃淡を調べる旅に出たのです。
ノウハウは神戸の時にかなり得ています。
危険を察知するアンテナも回避出来る行動力も十分有るつもりです。
車中泊で日本一週半をした経験も強い味方でした。

その結果自分では20万円しか握り締めてこなかったのに多くの方から資金の振込みを
頂いて涙が溢れる思いを私もさせて頂きました。

メインの野菜の買出しと運搬を含んで二週間で帰るつもりが一ヶ月と一週間の活動に
なったのは嬉しい悲鳴でした。当時振込みを頂いた多くの方に今でも感謝しています。



私達が生きている地球上に住んでいる限り、地震等の自然災害はなくなりません。
豊かな自然も最近発見されつつある豊かな資源も、体や心を癒してくれる
暖かい温泉が身近に沢山沸いているのも全てこの危なっかしい地球の割れ目に
位置している日本に住んでいるおかげです。

もう二度と震災や津波の~とは言いますが、そんなことは不可能です。
大災害は間違いなくまた百年・二百年もすれば日本のどこかで起きるのです。

我々は防災で被害を完全に防ぐ等というような穿った考えを捨て、自然災害を
受けてもどれだけ被害を縮小できるか、他の家、他の地域、他の国に迷惑をかけないで
自己完結できるのかということに主眼を置いて欲しいです。

私が阪神で得た経験を東北に還元できたように、これまでとこれからの経験を
他の地域や世界に還元していって欲しいです。


災害はまた起こります。
それを止めることは出来ませんが、被害を少なくしたり復興を早めることは可能です。
その為にもっと賢くなりもっと経験を積んで生かしていこうじゃないですか。
関連記事
  1. 2012/01/17(火) 20:12:58|
  2. 携帯
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:7
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コメント

阪神淡路大震災の日は、初期微動で目が覚めました。
初期微動が異常に長く大きい。
そのため、初期微動が本震かと思いましたが、やはり初期微動でやがて本震が来ました。
本震は、これまた異常に長く、いつ揺れが収まるのかと考えていました。
そして、長く揺れた後、地震は収まりました。
僕は日本のどこかで、とんでもない地震が来たとは思いましたが、TVの取材力を信じていなかったため、2度寝してから情報が集まってから、朝のニュースを見ようと、2度寝しました。
この日は、和歌山県もJRが止まり、交通が乱れました。
  1. URL |
  2. 2012/01/17(火) 22:27:17 |
  3. モロリン #-
  4. [ 編集]

東日本大震災の後、和歌山県の地震に興味を持ちましたが、南の海上が震源の地震は案外なく、和歌山県内陸部にワリと多発地帯があります。
次点では、ダイブ離されますが紀伊水道(和歌山・徳島間の海)。
南海地震は案外 津波がないかも知れんと、分析してます。
  1. URL |
  2. 2012/01/17(火) 22:43:28 |
  3. モロリン #-
  4. [ 編集]

自分は当時、堺に住んでおりました。
堺はユレ自体は大したことは無かったのですが、関西では地震が珍しく飛び起きた記憶があります。
一旦、二度寝をして、いつも通りの時間に出勤の準備をし、TVをつけたところ「阪神高速が倒れている」との速報が入り、後に中継を見た際には夢ではないかと感じました。
当然、電車は動いておらず、ただただTVだけを見ていました。
午後から電車が動きだし、職場に向かったのですが、職場最寄り駅にあるフェスティバルホールの窓ガラスが全て割れており、唖然としました。
当時の携帯事情としては、鈴さんの言われている通りですが、夕刻時点ではmovaも輻輳で使えず、デジタルホンが唯一使える携帯でした。
その後、私も携帯を買わねばと思いましたが、当時は安月給だった関係でDDIPocketに契約し・・・と、取り留めもないことを書いてしまいました。
今夏、実家が被災したこともあり、自然災害の怖さを再確認していたところでこの記事を拝見、ふと当時の記憶が甦ってきました。
長文のコメント欄汚しをご容赦ください。
  1. URL |
  2. 2012/01/17(火) 22:44:23 |
  3. 私の記憶 #-
  4. [ 編集]

>モロリンさん
>南海地震は案外 津波がないかも知れんと、分析してます。
私は津波はないとは言い切れないですが、東北のようなレベルはなさそうだなと思っています。
概ねモロリンさんと同じ方向を向いた意見です。
この辺その内記事で扱おうかと思っています。

>私の記憶さん
いえいえ、貴重な体験を書いて頂き大変嬉しいです。
一つの出来事を私とは違う別の視点からの情報を頂けるのはとても嬉しい事です。
しかも私が知りえなかった当時の大阪市内の携帯事情も書いて頂き有難うございます。
  1. URL |
  2. 2012/01/18(水) 01:01:26 |
  3. 鈴 #GpEwlVdw
  4. [ 編集]

関東地方で日曜日にやっていた「ザ・スクープ」という番組で
南海地震で大阪も背丈くらいの津波には襲われる危険性が
あって通天閣や心斎橋あたりは水浸しになるそうです。

http://www.tv-asahi.co.jp/scoop/

過去に古文書で残っているそうです
  1. URL |
  2. 2012/01/18(水) 10:52:12 |
  3. yokohams #-
  4. [ 編集]

鈴さんは神戸におられたのですね。

私は当時大阪に住んでいましたが、「いままでに感じたことのない」地震でした。
自宅も停電しており、家族とラジオを聴きながら何が起きたのだろうと話していたのを覚えています。
復電してテレビを付けると、阪神高速が倒壊していて、こんなことあるのかと思いました。

当時、せいぜい友人宅へ食料や生活物資を運んでいくことぐらいしかしなかった私ですが、
今回は鈴さんの行動に触発され(?)、その後いろいろなご縁を得て、今は宮城の友人の
復興活動を応援しています。友人は、逆に17年前、神戸へ手伝いに来ていたそうで、やはり、
阪神のときを知っていることが、今も生きているといいます。

今回、携帯通信網はズタズタになり衛星通信が脚光を浴びましたが、通信の重要性がことさら意識
される機会でした。通信事業に携わる身として責任を感じると共に、もっと頼れるインフラとなれる
よう、努力していかなければいけないと思っています。
  1. URL |
  2. 2012/01/18(水) 20:36:55 |
  3. VO #sqCyeZqA
  4. [ 編集]

アナログ電話線に流れる電流で電球を点すことが出来るとか出来ないとか。
もちろん非常時以外に試すのは絶対すべきではないですが。

次にくると言われている東南海地震以外にも、
数ヶ月以内?にこの前の大震災の震源からさらに沖合のあたりで
M9.2!というとんでもない規模のアウターライズ地震が起きる可能性があると
警告している研究機関があります。

https://twitter.com/#!/kirinjisinken

警戒を怠らず、備蓄などの備えをしっかりしといたほうが良さそうですね…
  1. URL |
  2. 2012/01/19(木) 01:29:53 |
  3. みっく #-
  4. [ 編集]

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