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鈴の音情報局blog

携帯関連の将来や最新の技術情報や業界の行く末などを適当に綴るblogです。 内容の信憑性は?余り信じない方がいいと思います。
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東北に乗り込む#35日目

ついに恐れていた事が起きました。
IXYのPCへの読み込み機能に問題発生。
接続エラーになって転送不可となりました。

やっぱり保険でカードリーダーを買って置けばよかったなと思うのですが、
もう帰るだけなので今後は写真は無しで書いていきます。
こういう日に限って大量に載せたい写真があったりするので困りものです。


昨日は女川町の原発の近くで寝たのですが、早速女川原発を見る為に何とかうろうろしてみました。
が、やはり原発はどこもしっかりと隠して有ります。
一山越えた向こう側に有ると分っていてもそれを越えられないようになっているのです。

この送電線の向こう側に原発があると分っているのに超えられない壁とあり、
とても歯がゆい思いをしながら女川町市街に向かいました。

女川市街についてみたら予想以上の被害でした。
駅は根こそぎ有りませんし、線路も以前から見てきたとおりずたずたです。
少し行った所に港があったので整備をしている漁師さんに色んな状況を伺いました。
そこで昨日までの経験を生かして、塩水をかぶって壊れた電動工具があれば直しますよと
伝えると、「直るなら直してもらえれば嬉しいけど、もうみんな捨ててしまったんじゃないかな」
ということでした。中には忙しくてそれ所じゃないが、実は直してもらいたい・・・みたいな方も
いらっしゃいました。これ、腰を据えて修理を受け付ければかなりの需要が有りそうだなという
実感を僅か30分ほどで感じ取れました。

女川町の被害の様子ですが、気仙沼の酷い場所となんら変わりません。
原発でしか名前を聞かない女川町ですが、被害は外洋直撃型とでもいうのでしょうか。
気仙沼で見たあれそのものです。
街の規模が小さいので余り話題には乗りませんが街が完全に綺麗に無くなる陸前高田や
南三陸と同じ風景がここでも見れます。

女川町を後にしようとした時、女川町の災害対策本部への案内の看板を発見。
そちらに向かうことにしました。

対策本部でお話を聞いたところ、震災直後から3日ぐらい完全な陸の孤島になった。
交通手段も通信手段も無く、携帯も完全に使えなくなった。
その間町の人はある物を何とかすすってしのいだのだという。
当初の避難民は4500人、今は1500人ほどだという。

野菜の状況を聞いてみた。
今は何とかしのげてはいるが、やはり継続的にというと不透明だという。
特に新鮮な野菜は保存が利かないので、その時その時注文して準備しているが、
これがいつまで継続できるのやら・・・といった感じだということでした。

また、担当してくださった方も野菜不足なのは同じで、便秘気味になってしまっているのだという。
誰がどうとかではなく、その場所にいるみんなの問題だという事が実感できた。
女川町にも気仙沼にも、その外の被災地にも野菜を確保して送れるシステム作りが
必要なんだろうなと感じました。多県に跨る話なのだからもうこれは国がやるべきこと
でしょうと思います。

またこれとは関係有りませんが、私の知り合いの官僚さんが被災者のメンタルケアの予算を
確保に動いてます。私は将来的にこれに合流する可能性が出てきました。
私にはその関係の知識と経験も有るのでそれを生かす方向に傾きつつあります。
これに参加できるかはまだ分りませんが。


その後女川町から海岸沿いに北に向かって上がっていきます。
そこでまた倒壊しているKDDIの基地局を見つけました。
倒壊している基地局です。

初めは小さなリピーター局かと思ったら、その手前に鉄塔の足元が4つだけあり、
肝心の鉄塔は千切れて完全にいなくなっていました。
これが女川町を襲った津波の威力です。
それをカバーする為に小さな1セクタの中継局を立てていたようです。
ちなみにここから見えるドコモの鉄塔はやはり高台で、何の影響も受けてなさそうでした。

その前後にドコモの基地局でも発電機を横付けして、衛星アンテナのポールを立てて
稼動させている局も有りました。ソフトバンクの局とやっていることは同じなのですが、
その内容が少しづつ高級品というか、大型化しているという感じです。
発電機は2トントラックに乗せて運ぶぐらいのサイズでした。

そうして北上川脇を通って道の駅・上品の郷を発見。
「ふたごの湯」という温泉が有るようです。
食事に早速ありついた後、3日ぶりになる温泉に入りました。
汗を流せて気持ちよかったです。

松島を経由してどんどん海沿いを南下。
被災状況の確認です。
松島は奇跡的に海沿いも大きな被害には遭っていなかったようです。
確かにまだ再開できていない店も有りますが、海に面している店のどれもが倒壊していない。
営業できている店もある。
ホテルはどこも再開済み。

松島はもう既に復興しています。
旅行を計画する際には是非検討してみてください。

ドコモの基地局が有ったのでとまってみました。
こちらも大型の発電機が動いています。
ドコモの基地局にしては珍しく他社よりも海側でどこもが一番大きく被災しています。
少し陸よりだったKDDIも発電機を回していました。
ソフトバンクは一番陸寄りで腰ぐらいまでしか水につかっていませんでした。
もう通常稼動に戻っているようです。
イーモバイルも同じ。

そして出来る限り海沿いの道を選んで走っていきます。
しかしとても走りにくい。
県道10号というなかなかナイスな道を見つけます。
これは仙台空港をくぐっていて私的には丁度いい記念になります。

と思ったら、くぐるところで通行止め。
その後も橋の度に迂回を迫られたりと、なかなかうまく走れません。
その後は県道38号、この二つは半ば諦められた道のようです。
余り整備が行き届いていません。

通行止めの看板を通過してどんどん行くと、最終的には落ちた橋などにたどり着き、
本当の通行止めに行き当たります。

鵜の尾岬へ渡る橋は圧巻でした。
通行止めのバリケードが甘かったので横から入ったのですが、そのまま橋が渡れそうな
雰囲気ですが、橋の付け根のアスファルトのめくれ具合を見て命の危機を感じたので
突っ切るのはやめました。2トン有るので無理はできません。

その後県道74号に乗り換え海岸沿いを南に向かいます。
こちらも道路の破壊は酷いです。
ダートラとしてどんどん速度を落とさずに走っていきます。
明日の夕方には茨城の知り合いの家にたどり着きたいので距離を稼いで行きます。

ここで一泊入って翌朝。
福島県に突入した辺りで寝ていたのですが、この辺りは津波の高さはそう高くなかったな
というのがゴミの散乱の仕方で分ります。
しかし道路は寸断され、アスファルトはめくれています。
高さが無くても水というのはいかにエネルギーを持っているのかが良く分ります。

海沿いは余りにも行き止まりが多いです。
だいたいは大きな橋毎に橋が無いので行き止まりになっています。
そうしてまた行き止まりだったので、国道6号に逃げて走るとまた通行止め。
今度は沢山の警察がバリケードを築いていました。

「許可証は?」と言われたので「そんなものは無い!」と返すと横の道にご案内されました。
車を降りて話してみるとなんと福島第一の20キロ圏内のバリケードだったのです。
国道6号で20キロ圏内の境界ですから厳重な警備をしているはずです。
これには参った。

もっと先から内陸に逃げておく予定だったのですが、ここから逃げるとなると結構大変。

そうして県道12号から62号に乗り換え、ダムの横を通って後は完全な一車線のダートラです。
ダートラはアクセルで方向を変えれるので走るのが楽でいいです。
2トンの車が面白いようにくるくる方向が変わります。
わだちが深いのでイニシャルDの溝落としならぬわだち落としも存分に使いました。
ハンドルは補正だけでいいので楽です。


環境のいい山中でこのブログを書こうとPCを開いたのですが、なんと今まで無類の
強さを誇ってきたドコモの携帯が62号の山中の原町側で痛恨の圏外。
涼しくてすごくいい環境だったのに残念です。

飯館村の方へ山頂を越えて抜けると急に3本に。
auは越える前も越えた後も3本でした。


そうしてブログを書いていると赤灯を回した車が着て停まりました。
お約束の職質です。

免許証の提示を求められ、しかもそれをなかなか返してくれません。
あれこれ答えるも表情は固く、お帰りになられる気配ゼロ。

こちらはブログの更新時間の事や茨城に向かう時間の事も有るのでそろそろ
伝家の宝刀を抜く事にしました。


過去の活動のレシート類ご開帳です。
特に購入した全てのレシートはクリアファイルに保存して有ります。
2万円分のレシートの塊を見せられた警察さんの顔が緩みました。

元々県外ナンバーが停まっていれば疑うのは仕方が無いとして、
震災で盗賊団やらが動いているようなので厳重に見て回っているのだそう。

まあ男一人で県外ナンバーの怪しい車なので一番疑われそうな状況なんですよね。
私はそれを知っているのでちゃんと相手の欲しい情報を用意して有ります。
気仙沼の災害対策本部にでも確認できますし、今回はNPO法人のオンザロードにも
参加していましたし、そちらでも確認が取れるので裏づけは多いです。


それにしても伝家の宝刀の効果は絶大でした。
あっという間にいなくなられてブログ書きに戻る事が出来ました。
関連記事
  1. 2011/05/16(月) 12:22:47|
  2. 災害・原発
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4
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  1. |
  2. 2011/05/16(月) 12:43:06 |
  3. #
  4. [ 編集]

なんか余計なお世話だったみたいですね。
海沿いの県道はあちこち橋が落ちているようなので回ってみてません。
県道38号ですが、あのへんはもともと余り人が住んでいた所ではないのですが津波の警戒心が弱い所に数メートルの津波が押し寄せたせいでかなり亡くなられた方の多い所です。
常磐線が通ってたと思いますが、駅のあたりは有る程度人が住んでたんですが家がほとんど流されて壊滅してます。たぶん階段だけ残った駅だとか見られたのでは?

あとは399号で南下していわきの四倉あたりからまた海岸線かな?被害は高萩あたりぐらいまでのようですが、海岸線はゴミだらけでしょうね。
  1. URL |
  2. 2011/05/16(月) 18:27:07 |
  3. とし #-
  4. [ 編集]

野菜のW支援

鈴さんが「風評被害を受けている野菜を被災地に」と考えておられたのと同じことを
考え、送り届ける仕組みを作った方がいるようです。あて先は気仙沼ではありませんが、
まだ”現役の被災地"である、牡鹿半島です。

http://blog.livedoor.jp/hbs/archives/1469512.html

このような活動もありますよということで、ご紹介まで。
# 汚染は必ずしも同心円ではないのでちゃんと情報は公開されて欲しい。
# 風評被害だけでなく実際の被害を少しでも出さないためにも。
  1. URL |
  2. 2011/05/16(月) 23:50:32 |
  3. VO #v0W2OX1k
  4. [ 編集]

>2011/05/16(月) 12:43:06さん
お心遣い有難うございます。
私の目的は気仙沼に一日でも長く野菜を提供する事でしたので資金の提供は
何も問題は有りませんでしたよ。むしろとても嬉しかったです。
女川町の写真は今日の記事にアップいたしました。
送るのが難しいからこそ私のような草の根活動が必要かなと思って
行っておりました。実際に行って活動したからこそ現実を把握でき、
こうして皆さんに知っていただけるチャンスを提供できたのではないかと思っています。

>としさん
余計なお世話ではないですよ。
そういった情報のおかげで検討する時の絞込みが容易になって助かっています。

>VOさん
情報有難うございます。
私以外にもそういった活動をされている方がいらっしゃって嬉しいです。
少しでも助かる被災民が増える事を祈っています。
  1. URL |
  2. 2011/05/17(火) 20:35:08 |
  3. #GpEwlVdw
  4. [ 編集]

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